Franzの音楽にまみれた生活

Franzに音楽をください

個人的な近況

Franzです。最近の個人的な事と、音楽の事を。


まず個人的な事。21日に母方の祖母が亡くなりまして、その葬儀と告別式に行って参りました。子供の頃から面倒を見てくれた祖母の突然の訃報だったので、今でも現実を受け入れられません。近しい者の死というのは、やはりつらいものですね。そんな中、明日明後日と仕事。元気なんか全くありませんが、頑張ります。


さて、音楽の方ですが…色々あって今、ポリーニレオンハルトに惹かれています。何故突然ポリーニレオンハルト?とお思いの方も多いでしょう。なんでだろうね?(すっとぼけ) ポリーニは、ちょっとしたものを買ったので、今度惹かれた理由も併せてブログに載せようかと思います。そしてレオンハルトは、youtubeで色々漁ってみると中々良いなと思うようになったという、それだけの事であります。これもいつかポストしたい。(以前「バッハ録音集成」という日本独自企画の20枚組からなる数量限定BOXを持っていたのですが、当時つまらないと感じてしまって売った過去が…今思うと滅茶苦茶勿体無い事をしました。) そんな訳で、一枚ずつぼちぼち購入していこうかと考えている所です。


なんも面白みはありませんが、まあとりあえずの近況って事でいいよね?(投げやり) そんな訳で、いずれ投稿されるであろうポリーニレオンハルトのポストにご期待下さい!(いつになる事やら…)

ロジェ・ムラロへ捧げる讃歌

昨日今日と体調が悪く、お休みを頂いているFranzです。頭が痛くて身体が重く、身体を動かすだけでもかなりの労力がいるので、かなり面倒。困ったもんだ。


そんな訳で、横になりながら何か音楽を聴こうと思ってたんですが、中々決まらない。小一時間悩んだ結果、フランスのピアニスト ロジェ・ムラロ(Roger Muraro)のメシアンのピアノ作品全集が目に留まったので片っ端から聴く事に。この全てのCDに写っている眼鏡のおじさんがロジェ・ムラロです。一枚だけ違う眼鏡のおじさんが写っているCDがありますが、そちらは作曲者であるメシアン


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フランスの巨匠 オリヴィエ・メシアンが遺したピアノ曲を、全部録音した人は少ない。その数少ない一人、ムラロのこの録音は極めて素晴らしい。一つ一つの曲単位で見ても、そのどれもが高水準の出来だ。


まず最初に、僕の大好きな『鳥のカタログ』(写真真ん中の鳥が写っているCD)から聴き始める。全13曲、約2時間半を要する大作だ。ムラロは大変クリアな音で曲を進めていく。ムラロのメシアンの演奏は、情緒的になり過ぎる事なく、極めて優れたテンポ感とリズム感で音楽をぐいぐいと進めていく事。理知的なのだ。そのため、曲の構造がはっきり見えるような明晰さがあるのに、沸き立つ高揚感がある。この『鳥のカタログ』にはアナトール・ウゴルスキによる名盤があるが、それに比肩する演奏だ。ウゴルスキとの違いを感じながら聴くのも中々面白い。ちなみにウゴルスキの演奏は、ムラロの演奏よりもタッチの多彩さやデュナーミクのコントラストが半端ない、ドラマチックな演奏。どちらを取るかは人によりけりだろう。


続いて、『鳥の小スケッチ』や『四つのリズムのエチュード』と小品が入ったディスク(写真左)、若かれしメシアンが書いた『前奏曲集』と、一曲で30分の演奏時間を要する傑作『ニワムシクイ』が入ったディスク(写真右)、そして高名な『嬰児イエスに注ぐ二十のまなざし』(写真一番上)という順番で聴く。特に『嬰児イエス…』は名盤が多い名曲だが、これも実に良い。タッチの乱れやミス等もあって、ここ撮り直せばよかったのに、と思ってしまう面も少しあるのだが、そういった瑕疵を忘れさせてくれる素晴らしい演奏である事には変わりない。個人的には、有名なベロフ盤や個人的に大好きなオズボーン盤と同じくらい好きである。…というか、メシアンの音楽はその殆どが技術的にも音楽的にも凄まじい難曲揃いであるのに、全て高水準の演奏で、ムラロの演奏の素晴らしさに驚愕しまくりです。そして、『鳥のカタログ』や『四つのリズムのエチュード』、『ニワムシクイ』は、誰かの咳が聞こえたり最後に拍手が入ったりしているから、どうやらライヴ音源のよう。ライヴでこの完成度はたまげるわ…。録音が少し色気に欠けるというか、なんだかぱっとしない音ではあるけど、それを差し引いても良い演奏かと思います。


実はこのロジェ・ムラロ、僕が中学生の頃から知っている演奏家でした。しかもメシアンの演奏で。これはいつか改めて書くつもりですが、当時ショパンやリストばかりしか聴いていなかった僕が、たまたまニコニコ動画にアップされていたムラロが弾く『嬰児イエス…』の6曲目「御言葉によって全ては成されたり」を聴いて感銘を受けたのが最初でした。大学一年の時に中古でこの全集を揃えて、ちょびちょび聴き始めて、今となってはメシアンの音楽が大好きに。中学生の時に聴いてなかったらまだ興味すらなかったのかもと思うと…人生って何が起こるか分からないもんだ。


ここまで話しておいて、ムラロの録音はこれしか持ってないのが現実。ショパンとかリスト、ラヴェルも弾いてるようだし、揃えてみようか…せっかくこのムラロの素晴らしい演奏のお陰で、メシアンのファンになれたんだからね。ロジェ・ムラロ、万歳!


さて、まだ体調が優れないけれど、明日は大丈夫かな…もう一度メシアンの音楽に浸りながらゆっくりしましょうか。それでは今日はこの辺で!

穏やかで優しいモーツァルト

寒い。寒いです。今日はいきなり吹雪になったりして、本当につらかった。何故僕が外に出る時はいつも天気が荒れるのか…。


さて、今日紹介するのはそんな荒れ模様の天気とは真逆の美しいモーツァルト。演奏はアルド・チッコリーニ(Aldo Ciccolini)。

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チッコリーニといえば、EMIに膨大な録音を残している事で有名ですね。リストやアルベニス、サティ、ドビュッシー、セヴラック…その他いろいろ。他レーベルにベートーヴェンの全集なんてものもあったり。2015年の2月に89歳で亡くなるまで現役だった、凄まじいエネルギーを持つピアニストでした。…89歳ですよ?どんだけ力強いんだ。


この録音は、彼が晩年に近い時に録った演奏。なので、指回りという面で言えば流石に昔と比べたら衰えている…のだけど、この演奏は、そういう技術的な衰えを感じさせない美しさがある。

例えば、有名なトルコ行進曲付きの第11番。第1楽章の愛らしい変奏曲は、ただただ優しく素朴に、緩やかに進行していく。もちろん変奏によってタッチは変わるし、デュナーミクも変化を付けている。でも、「やってやるぞ」という風情は全くなくて、ひたすらに自然。それは第2楽章のメヌエットでもそうだけど、短調の箇所では絶妙に陰影を付けていて、一瞬どきっとする。でも、基本は楽しそうにくるくる踊っている少女みたいで素敵。トルコ行進曲も、今流行りの古楽的な刺激的な演奏ではなく、さらりとしたものだけど、充実した音で流れていく。とにかく自然。続くソナタ第2番の出だしだって、こんなに優しくそろっと入る演奏は今までに聴いた事がないし(大体がフォルテでじゃんじゃんやっている)、あのオペラアリアみたいなソナタ第13番も、どこまでも優しく音が紡がれる。聴いていて、「モーツァルトって素敵だなぁ」としみじみと思える演奏です。


2枚目を全く紹介出来ていないけど、こちらも素晴らしい。何が素晴らしいって、クレメンティソナタが入ってるんです、op.34-2 ト短調のやつが!(興奮気味) かの有名な大ピアニスト ウラディミール・ホロヴィッツが愛奏していた、運命の動機がこだまする劇的な楽曲。力感のあるタッチで弾いていて、大変ドラマティックな演奏になっている。他にもモーツァルトハ短調幻想曲とソナタ第14番、ソナタ12番も入っていて、「わしはまだまだ衰えてないぞ」と言わんばかりのチッコリーニが聴ける。


でもどちらのディスクにも言えるのは、題名の通り、どこか穏やかで優しい雰囲気を湛えているということ。昨今のモーツァルト演奏は、どこかエッジの効いた、爽快で刺激的なものが多くなっている。僕はそういう演奏も大好きなので良いのだが、このチッコリーニの演奏は、昨今では中々ない演奏で貴重なのではないだろうか。指回りは衰えたとは言ったけど、タッチや音色を操る技術は昔よりも高くなっているのではないかと思う。

しみじみとした、美しい演奏です。お勧め。

ヘタウマなショパン

今日は大学生の頃からずっとお世話になっている美容室に行ってぼさぼさの髪を整えてきました。他のお客さんもかなり多いお店で、待ち時間が出来る事があります。そんな時は、待ち椅子の横の棚にあるたくさんの漫画を読んで時間を潰す事になります。そのたくさんの漫画の中には、僕の大好きな『ピアノの森』もありまして、僕はいつも、飽きずにこればかりを読んでしまう。
クラシック好きなら知ってる人も多いだろうし、そうでなくても書店で見掛けた事くらいあるかもしれない。主人公の一ノ瀬 海が、たくさんの人々と出会いながら成長し、ピアニストとしても才能を開花させていく、という感じで合ってると思います。間違ってはいない(断言) そして、話の後半では、主人公の海がショパン国際ピアノコンクールに出場する事になるのだが、そこを読んでいると無性にショパンが聴きたくなってくるんです。なんの心理なのか。きっと描写が上手いからだと思う(皆さんも是非読んで!)

そんなわけで、今日のお題はトルコの女流ピアニスト イディル・ビレット(Idil Biret)の演奏によるショパン ピアノ作品全集。

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イディル・ビレットは、以前紹介したイェネ・ヤンドーと同じNAXOSレーベルに、ヤンドーと同じく初期の頃から録音を残しているピアニスト。ベートーヴェンピアノソナタ全集、リストやシューマンブラームスの諸作品を残し、更にはブーレーズが遺した3曲のピアノソナタ全てやリゲティの練習曲、珍しいところでいうならアルカンの『鉄道』やマスネのピアノ協奏曲、師匠であるヴィルヘルム・ケンプピアノソナタ(!)なんかも録音していて…凄まじいものがある。なんだけど、前々から聴いていたヤンドーと違って、僕が聴き始めたのは1ヶ月前とかそんなもん。本当に全く聴いてこなかった。その理由は、ビレットの演奏に対しての良い評価をほとんど見た事がなかったから。自信持って購入に踏み込めなかったんですな。ヘタレである。


超絶技巧の持ち主のピアニストや、あるいは技巧が安定しているピアニストと言ったら誰になるだろう。例えばマルカンドレ・アムランやオッリ・ムストネン、スティーヴン・オズボーン、ポール・ルイス等になるんでしょうか(まだたくさんいるけどね)。その辺りと較べると一目瞭然で、テクニックが洗練されている訳ではなくむしろごつごつしている感じで、洗練や流麗という言葉とは、正直言って、かけ離れている。「お…おお…だ、大丈夫か…?おお…あ、ちょっと……おお…」という感じになるような危なげな(?)演奏もあるにはある。


しかし、虚心坦懐に聴いてみると、中々良いピアニストだと思った。例えば練習曲集。op.10の有名な冒頭のハ長調や2番イ短調は、かなり弾きにくそう。だけど、左手を強調してみたり、最後の音の左手をオクターヴ下げてみたりして、彼女なりの表現を行っている。次の3番ホ長調…あまりにも有名な「別れの曲」では、溺れ過ぎない味わい深い演奏をしている。ここで、カンタービレ的なテクニックは高い事が分かります。良い演奏だ。4番嬰ハ短調は…やはり弾きにくそうだが、声部を浮き立たせてみたり、音を短く処理してみたりして、なんだこれは面白いぞ、と思わせられてしまった。そう、先ほど言った「ごつごつした感じ」が、逆に面白いアゴーギク、グルーヴ感を作り出しているのかな、と思った。決してテクニックが上手い人ではない。だけど、悪くない。大好きなピアノソナタ第1〜3番も難しい作品ながらもかなり健闘しているし、なによりも輝かしいタッチが素晴らしい!バラードやスケルツォも、その独特なごつごつ感が相まって、逆に新鮮に聞こえる。ノクターンだって、とてもよく歌っている。装飾音の扱い方が現代の解釈と違うのはご愛嬌だけれど。良いね、良いよ。気に入ったよビレット氏。


確かに、確実なテクニックを持って弾いたショパンではないかもしれない。はっきり言ってしまって技術的に未熟なのかもしれない。しかし、独特な魅力があるのも事実かな、と思って今回取り上げてみました。

実は、ショパンの全集録音って、意外と少ない。僕が知らないだけかもしれないが、思い付くものでコルトー、フランソワ、ルービンシュタイン、マガロフ、シェバノワ、アシュケナージ、オールソン、そしてこのビレットのものくらいしか思い付かない。この人たちの中にビレットの名前があるのは、なんだか面白いなあって思う(馬鹿にしている訳じゃないよ!)。もっとビレットの録音、集めてみようかな、と思った土曜でした。

ベートーヴェンのピアノソナタを聴こう 〜ヤンドー編〜

お久しぶりです、Franzです。今日は風邪の悪化の為、仕事はお休みを頂いて家でゆっくりしています。嗚呼、我が身の脆弱さよ。


そんな脆弱野郎が今日聴いてる音楽はこれだ!(謎テンション)  NAXOSレーベルが誇るピアニスト イェネ・ヤンドーによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集↓


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イェネ(イェネー)・ヤンドー(Jenő Jandó)氏はハンガリー出身のピアニスト。ハンガリーの名前表記は日本のそれと同じだから、姓名となるので本来ならヤンドー・イェネーとなるのだが、名姓の呼び方の方が有名なのでここではイェネ・ヤンドーで統一する。

彼はNAXOS(ナクソス)レーベルが設立した初期からこのNAXOSに録音を残している、言わばお抱えピアニストだ。NAXOSと言えば、最近増えている「激安レーベル」の最古参であり、また、無名の作曲家の発掘などにも尽力しているレーベルであり、僕もいつもお世話になっている。彼はベートーヴェンの他にも、ハイドンモーツァルトのピアノ・ソナタ全集やバッハの平均律クラヴィーア曲集、リストの主要作品をいくつか、更にはバルトークのピアノ作品を網羅するなどしていて、CDの数を挙げるとキリがない。僕も、まだ全てを集めきれていないのが実情だ…早く全てを集めたいところ。


しかし、こういう演奏家によくある批判の一つとして、「全集を作るのは良いが、下手、雑である」というものがある。NAXOSの初期の録音は、資金面等、僕のようなビジネスをしない人間には分からない苦労があったようであり、録音や演奏の質そのものにムラがあるのは確かに事実。その為、ヤンドー氏の演奏も、そのような批判をされやすい。事実、もっと細部を磨けたのでは?と思う演奏もあるのは、僕も思うところ。まあ、どんな演奏家にもそれは言える事なので、別にヤンドー氏に限った事ではないのだが。


いやしかし、これが素晴らしい演奏なのだ。真っ直ぐで、余計なものが全く付け足されていない、誠実なベートーヴェン。「革命家」「耳の病で悩める音楽家」といったものは、ここでは見られない。「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」という作曲家が創り出した音楽を、ただ純粋に弾いているイメージだ。

ヤンドー氏の演奏の特徴として「譜面の通りに弾く」というものがある。例えば、「ここはあえてフォルテではなくピアニッシモで…」「この曲のこの一瞬の弱音に万感の思いを込める…」「打鍵やタッチに込められた無限のニュアンス、グラデーションをどこまでも追求する…」という姿勢は見られない。確かに「深い精神性」という言葉が常に付いて歩く後期のピアノ・ソナタの演奏はあっさりしている感があると言えばある。一つ一つの曲を見れば、ヤンドー氏よりも細部に磨きをかけて凝った演奏があるのも事実。そして、「譜面通りに弾いてるだけ」と批判される事の多さ。しかし、しかし…聴いていて、「良いなあ、この曲」としみじみ思う演奏なのだ、僕にとって。例えば有名な『悲愴』は、ロマンティック過ぎない語り口のおかげで嫌味にならないし、『熱情』最終楽章の一番最後、Prestoになる所では、一気呵成に驀進する。あまり有名でない初期の作品や中期の地味なナンバーも、見事に軽やかに、過不足なく演奏している。余計な事をしていない事の美…ふとした時に、「あ、今日はベートーヴェンを聴きたいな」と思った時に、すっと手が伸びるのが、このヤンドー氏の録音なのである。勿論、これからベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いてみたくて…という向きにも十分お勧め出来る。今ではあまり見当たらない全集だが、バラでならオンラインショップ等で取り扱っているので、是非購入をお勧めしたいです。


最後に…僕はヤンドー氏の大ファンである。その為、「褒めすぎだ」とか「公平に評価していない」とか言われそうだが、先ほども軽く述べたように「うーん微妙…」と思っている録音もあるので、盲信的なファンでない事だけは記しておく(例えばバラキレフの『イスラメイ』 あれに関してはベレゾフスキーやムストネン、ラン・ラン、プレトニョフ、F. ケンプ、福間洸太朗氏の録音をお勧めしたい。ヤンドー氏はもっさりしていて、いまいち) 


「ヤンドー編」とあるくらいなので、今後もベートーヴェンのピアノ・ソナタ演奏に関しては、色々な演奏家を紹介していく予定です。風邪で身体は倦怠感MAXだが、こういう疲れている時に聴くベートーヴェンも良いものだなぁと、考えを改めた日であった。そして、ますますイェネ・ヤンドーの演奏が好きになった日でもあった。これからも付いていきます師匠!(雑に締め)

ブゾーニのピアノ協奏曲を聴く

最初の音楽ネタ、どうするか割と悩んだんですが、今聴いているものを紹介するのが一番良いかなと思ったので、これにしました。さてそんなわけで最初のお題はブゾーニのピアノ協奏曲を。

演奏は、ピアノ独奏にマルカンドレ・アムランマーク・エルダーの指揮によるバーミンガム交響楽団男声合唱バーミンガム交響楽団合唱団という布陣。

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後期ロマン派のイタリアの作曲家 フェルッチョ・ブゾーニの手による作品。ブゾーニといえば、J.S. バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番』の終曲「シャコンヌ」をピアノ独奏のために編曲した事で有名な存在。原曲を忠実に再現しながらも、彼のロマンティックな一面が散りばめられて豪華になった編曲で、原曲とはまた違った魅力がある。一応YouTubeの音源を貼っておくので是非聴いてみてください。↓

演奏はアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ。録音は古いけれど、極めて正確な技巧で鮮やかに弾いてます。 https://youtu.be/O0KaGBjBxUs 


さて、そんなブゾーニのピアノ協奏曲だが、とにかく巨大。クラシック音楽にありがちな多楽章からなる音楽大体が3楽章構成とか4楽章構成とかを取っているが、この曲は5楽章構成!第3楽章に至っては、約24分という演奏時間。そして問題(?)の第5楽章…。

何が問題なんだ?とお思いの方もいらっしゃるかもしれない。まず、この曲は「ピアノ協奏曲」である。ソロピアノとオーケストラがタイマンを張って、時には戦い、時には共に歌う、そんな形式の音楽(かなり砕けたけど間違ってないと思う)が「ピアノ協奏曲」だ。しかし、演奏者紹介のところに「男声合唱に…」と書いたように、なんとこのピアノ協奏曲、第5楽章に男声合唱が登場するのだ!しかもその詞は「アラーへの讃歌」がテーマである。初めて聴いたら、いきなり野郎たちの暑い歌が聞こえてきて、は???となるに違いない(少なくとも僕はなりました)


交響曲に合唱、ならたくさんある。ベートーヴェンの第九やメンデルスゾーンの『讃歌』、ショスタコーヴィチの第2番や第3番など…でもピアノ協奏曲にはほとんどない。一応、ピアノ協奏曲に合唱が付くのは他にも三つ前例があるのだが、それ以外は全くないので、かなりの希少種である。しかも混声ではなく男声、という所がさらに希少性を高めている。


発表当時はやたら批判されたらしい。やれドイツの批評家からは「イタリアの不純な要素を入れやがって」と言われ、やれイタリアの批評家からは「ドイツっぽさを入れるのはなんなんだ、汚染だこんなもの」と言われるなど、散々な扱いだったようだ。しかもアラー讃歌(ドイツ語翻訳)も入れているものだから、悲しいが、当時は批判されても仕方なかったのかもしれない…でも聴いてみると、これが中々面白いのである。第1楽章は、分厚いオーケストラの後にピアノ独奏が鐘の音のように打ち鳴らされる所が印象的。確かに華やかなアルペジオなどではないが、壮麗な雰囲気があり、これはこれで格好良いものだ。イタリアらしい陽気な性格の強い第2楽章と第4楽章は純粋に楽しい。お祭り気分、とまではいかないかもしれないが、面白い事には変わりない。第3楽章は確かに長いが、静かに歌う部分の美しさもさることながら、中間部に急速な部分を盛り込んでいるから飽きさせない。件の第5楽章だって、ピアノすらオーケストラと同化して、男声合唱を盛り立てている(男声合唱は勿論の事、格好良い!)ブゾーニの創作意欲が爆発した作品である事には間違いだろう。


確かに、あれもこれも、と色んな国の料理が運ばれてくるイメージで、人によっては雑多に聞こえるかもしれないが、色々な要素が盛り込まれた作品だと思えば、何の違和感なく聴けると思う。こんな分厚く複雑な音楽を奏でるバーミンガム交響楽団も素晴らしいが、エルダー氏の明晰な指揮もあって、大変聴きやすいものとなっている。そして、流石としか言いようがないマルカンドレ・アムラン氏のアツい演奏!肉体的な演奏技術は完璧なので不安な所は皆無。そして、時としてオーケストラ以上に深く雄大な音を出さなければならないピアノパートをここまで雄弁に弾ききっている演奏は、中々少ないだろう(録音も確かに少ないのだが)。


さて、初めての記事だったのに長くなってしまった…が、これは僕の悪癖みたいなものなので、今後も長くなる気がする…。そして、今見返してみたら、なんか途中から文字が大きくなったりしてる…どうやったら直るんだろうこれ…分からない事だらけなこんな僕ですが、よろしくお願いします。締めが雑なのは気にしない。

初投稿

皆さまこんばんは、Franzと申します。
ここでは私のお気に入りの音楽や日常の事を紹介していこうと思っております。更新頻度は低いですが、どうぞよしなに。
短いですが、まずはこれで終わります。まあ最初だし多少はね?よろしくお願いしますm(__)m